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博士も愛用した「植物のために植木鉢『伝市鉢』」を作り続ける

『伝市窯』

NHKの連続テレビ小説「らんまん」の主人公、槙野万太郎のモデルで「日本の植物学の父」といわれる植物学者・牧野富太郎博士。その牧野氏も愛用していたという植木鉢を作っているのが丹波篠山市の『伝市窯』です。身近にありすぎて意識することのなかった植木鉢ですが、『伝市窯』が作る『伝市鉢』は植物愛好家には欠かせない植木鉢だそうです。日本中に焼き物を作っている工房はたくさんありますが、植木鉢専門に作っている窯元は聞いたことがなく、俄然興味をかきたてられました。

『伝市鉢』の誕生

市野達也さん
市野達也さん

『伝市鉢』は父の代に誕生しました。東京と大阪の山野草愛好家グループの方が、山野草専用の植木鉢を作ってほしい、と立杭に来られたそうです。その時に引き受けたのが私の父の市野伝市でした」と当主の市野達也さん。

様々なサイズの『伝市鉢』
様々なサイズの『伝市鉢』

今はホームセンターに山野草コーナーがあるなど、わりと一般的になっていますが、当時の山野草は希少植物で、そもそも手に入らないため高額で、医者や財界人など富裕層の高尚な趣味でした。レアな分野なので栽培に適した植木鉢もなく、各人が適当な鉢で育てるもののうまくいかず、わざわざ丹波まで相談に来られたのです。

随所に工夫がある『伝市鉢』
随所に工夫がある『伝市鉢』

ひとくくりに山野草といっても数えきれないほど種類があり、大きさや性質も千差万別。伝市さんは会の人と一緒に研究を重ね、数年かけて日本初の山野草の鉢を完成させました。「この草花のための鉢がほしい」と注文が入ると試作し、実際に愛好家がその鉢で育て、また改良しての繰り返しだったそうです。花の種類と同じだけ鉢の種類が必要で、1.3センチ高さが違う、数ミリ直径が違うだけで、花の数に差がでてしまいます。一輪でも多く花を咲かせたい、一つでも多く球根をとりたい愛好家の思いを受けての取り組みでした。

焼成前の『伝市鉢』
焼成前の『伝市鉢』

「愛好家の方は相当勉強されているので、自分が注文した鉢がその草花に合うか合わないか、真剣です」。こういうやりとりで生まれた『伝市鉢』はどんどん改良されて種類も増えていきました。作った『伝市鉢』はすべて東京に運ばれ、そこから全国の愛好家の元に届けられました。そんな中で、牧野氏が工房を訪れたり、NHKの園芸番組でも使われたりするようになったのです。

優れた植木鉢に丹波の土は必須

『伝市鉢』

東京で毎年7月に開催される「朝顔市」で用いられているのもすべて『伝市鉢』です。

様々なタイプの型がある
様々なタイプの型がある

『伝市鉢』が優れているのは、植物がよく育ち、花を咲かせて、種や球根を残すから。その第一の理由は、植木鉢の素材となる土づくりです。植える草花によって土の配合は違いますが、基本となるのは丹波の土。それに別の土を混ぜたもの、さらにそこに籾殻を加えたものの3種類。草花の性質によって配合が違い、そのブレンドは企業秘密です。植物を育てるための土に種類や配合の差があるのは知っていましたが、植木鉢の原料土にも配合があるとは驚きです。

高台の形やサイズは重要ポイント
高台の形やサイズは重要ポイント

さらに植木鉢の直径や高さ、形、厚み、底穴の大きさや高台(こうだい)の形状も育てる草花によって違います。根が呼吸できるように、排水性や通気性が適切であることが重要。愛好家からはもう1センチ高くしてほしい、もっと厚みを出してほしいと細かい注文が届きます。ひとすじに植木鉢を作って60年、草花の数だけノウハウが積み重ねられているため、『伝市鉢』簡単には真似できないのです。

趣味の世界なので長年の固定客が多いのですが、最近はアパレルや雑貨関係からの注文が増えているそうです。この3月には人気のセレクトショップ、BEAMS(ビームス)の限定品として店頭に並び、若者を中心に完売しました。身近な植物に目を向ける気運や和文化ブームから、日本中だけでなく海外からも注文がきているそうです。

植物がのびのびと美しく育つ鉢を作る

シンプルで美しい文様入り
シンプルで美しい文様入り

「食器は料理をのせて、食べたら洗って片付けて、翌日は違う食器を出すというバリエーションがありますが、植木鉢は年中外に置いて、芽が出たり葉が出たり花が咲いたり、常にそのままの姿で目に入るもの、ということを意識しています。

手のひらサイズの『伝市鉢』
手のひらサイズの『伝市鉢』

最近は高齢化の影響で大きい鉢が持てないからと小さい鉢がよく出ますね。でも、30代の若い人が増えているのも事実です。植物を枯らしてしまうという悩みも聞きますが、鉢と合っていないということもあります。根がのびのびとできないサイズだとか、水はけの悪さとか。何より大切なのは、植物の変化を見逃さないこと。植物の栽培は愛情と手間がかかるんです」と達也さん。

息子の弘通さんと
息子の弘通さんと

本当は体育大学に行きたかったそうですが、跡取りだからと大学では陶芸を学びました。卒業後は恩師に「実家の父に弟子入りするのが一番の勉強になる」とすすめられて丹波に戻ります。
しかし当時はバブルの時代、飲食店から食器の注文が次々に入り、達也さんは食器ばかり作っていました。父について植木鉢を作るようになったのは30才を過ぎてからです。 父の伝市氏は90才の誕生日に引退、名実ともに跡を継いで4年、今は営業職のサラリーマンを経て丹波に戻った息子の弘通さんと2人で『伝市鉢』を作っています。

『伝市窯』

令和の『伝市窯』のスタイルとして、さらにお客さんと交流を深め、異分野の人とコラボもしたいと、陶器まつりの際に出張カフェを呼んで賑わいを創出することにも挑戦。「植木鉢は目立ったら駄目なんです。花がどれだけ綺麗に見えるかが大切。父にずっと言われてきたのは、山の代わりをするものを作れと。山から地上に持ってきた草花だから、山の環境と同じ鉢を作れと。難しいです。けれど楽しいです」

京都・大覚寺の嵯峨菊の鉢、六甲高山植物園の山野草の鉢、気づかなかっただけで、知っている場所にも『伝市鉢』が使われていました。安価なプラスチック製の鉢も手軽でいいですが、植物は生き物です。しっかりと根をはり花を咲かせられるようにサポートできる植木鉢を選ぶことも大切ですね。

(ライター 松田/ウエストプラン)

※本記事は2023年6月時点の情報です。価格は税込み表示です。商品内容や価格が変更となる場合があります。

伝市窯

住所兵庫県丹波篠山市今田町上立杭488
電話番号079-597-2413
営業時間9:00~16:00
定休日不定休
アクセスJR相野駅からウイング神姫で「清水」「兵庫陶芸美術館」行きに乗車約15分、
陶の郷前バス停下車徒歩5分
駐車場あり(3台)
HPhttp://denichigama.com/
SNShttps://www.instagram.com/denichi_gama/

株式会社ウエストプラン

松田きこ、かさはらみのり、中田優里奈、都志リサほか、兵庫県に精通した女性ライターが、観光やグルメ情報を中心に、阪神間や丹波・丹波篠山を縦横無尽に駆け回って取材します。

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