記事・読み物
かつてにぎわった「旧市」に新しい文化が
姫路駅の少し西。八百屋や駄菓子屋、おもちゃ屋などレトロな商店が並ぶエリアがあります。
かつては200以上の店舗が軒を連ね卸売市場として栄えていましたが、時代の流れとともに衰退し空き店舗が増加。駅からほど近い場所でありながら、人足が少なくなってしまいました。
しかし今でも市場の文化は変わらず続いており、「旧市」と呼ばれご近所さんから親しまれています。
その旧市に今、新しい文化が根付こうとしています。昨年12月から始まった「旧市のきさき朝市」です。
昔から店を構える店主がいつもどおり営業するなか、ふだんは別のところで営業している店主が店舗等の軒先で出店するという取り組み。このまちを愛する若者が運営委員会を結成し、毎月第3土曜の朝に定期開催しています。
朝市は、旧市の文化に触れるきっかけづくり
運営メンバーのひとり、土田由里さんはこう話します。
「レトロな町並みや、早朝からの営業という独自の時間軸がこのまちの特徴です。また、50年来の目利きの店主がいて、『この人から買えば間違いない』『この人から買う』と考える文化があります。スーパーとちがって、店主に話しかけないと買い物ができないので抵抗感もありますが、実は話してみるとおもしろいんです。そんな旧市がわたしは好きなので、いろんな人に来てもらって、まちの人と話してほしくて。朝市は、旧市を知ってもらうためのきっかけづくりなんです」。
スーパーに行けば一度で日常の用品がそろい、人との会話は最小限ですみます。でも、「この人から買う」買い物には、売り手の顔が見える安心感や地域の情報交換などといった付加価値がついてきます。
姫路市が主催する「第1回リノベーションスクール」を受講したことがきっかけで、旧市に親しみをもつようになった土田さん。
駅西エリアのまちづくりを推進する同スクールは、空き店舗などの遊休不動産の活用方法を考え、オーナーにその活用方法を提案するというもの。土田さんが担当した物件が、当時閉店を考えていた金物店〈蒲田商店〉でした。物販に関心があった土田さんは、蒲田夫妻の後を継ぎ2022年1月に店主に。
内装をリノベーションしたり受け継いだ商品に新しいものを加えたりしながら、「この人から買う」ことの価値を見出してもらえるよう、自身も工夫しているそうです。
日常に特別感を“ちょい足し”
土田さんと思いを同じくするリノベーションスクールの受講生のなかで、この地域を盛り上げたいという気運が高まり、運営委員会を結成。
「自分でイベントを主催したこともなければ、パリピでもない。でも、とりあえずやってみないと始まらないと思って」。
そんな土田さんや運営メンバーの思いに賛同した出店者が集い、朝市が動き出しました。
朝市は旧市の時間軸にあわせて開催。「日常に少しだけ特別感をプラスした、いわば日常のイベント化ですね」と土田さんは話します。
昔ながらの風景を変えてしまうのではなく、そこになじむように新しい風景を重ね合わせる。それがこの朝市なのです。
おしゃべりしてお買い物して、朝市を歩こう
それでは、朝市を歩いてみましょう。
既存の商店、朝市のためにつどったお店あわせて20店ほどが狭い範囲に集まっています。 これまでの開催日は雨やくもりが多かったようですが、この日は久しぶりに天気に恵まれました。
蒲田商店の前の人だかりをのぞいてみると、土田さんが土鍋で炊いたごはんをふるまっていました。
ほかほかのごはんには、海苔やらっきょう、サラダに大根のオイル漬け、焼き豚といった各店主からの差し入れが添えられています。ぜいたくな朝のワンプレートにたくさんの人の手が伸び、あっという間に土鍋はカラに。
箱型の什器を搭載した古式ゆかしい自転車は、この日デビューの「イチバイク」。旧姫路市中央卸市場の移転に伴い廃棄された自転車が、自転車屋〈アヤバイクス〉と木工作家〈木犀〉の手によって立派なカーゴバイクに生まれ変わりました。
今回イチバイクを使ってチャイのふるまいと焼き菓子の販売をしていたのは、〈ヒュッティー〉。荷物を載せて走りまわる自転車は、市場の風景によくなじみます。
「今後いろんな人にイチバイクを使って販売してもらえたら」と土田さん。次回以降の活躍も楽しみです。
出店者めあてに訪れる人が多く、メインの通りより一本南の路地にある「シェアキッチンあわあわ」もにぎわっていました。
ここでは紹介しきれないお店や風景もありますが、朝市を歩いた気分になってもらえましたか?
店主とおしゃべりして、買い物して、同じ軒先に居合わせたお客さんともおしゃべりして、おなかを満たして……あちこちで足を止めていると、なかなか前に進めません(笑) それが朝市の醍醐味ですね。
子どもたちも「市場でお買い物」を体験
朝市には、子どもが楽しめる企画もあります。
今回は、「目利きの店主と会話をしながらお買い物」を体験してもらおうと、有志グループ〈ひめじ基地〉と姫路レザーをあつかう〈トマリエ〉がコラボし、ワークショップを開催。姫路レザーで三角コインケースを作り、500円玉を入れて市場でお買い物をするというものでした。
店主に話しかける前の少し不安げな表情、お買い物ができて達成感でいっぱいの表情。子どもたちがおつかいに奮闘する姿は、朝市を訪れた人の目にほほえましく映ったことでしょう。
トマリエの赤松さんもひめじ基地のメンバーも、朝市運営委員。
学生時代からフリースクール運営などで子どもに関わってきた赤松さんは、「子どもたちにはいろんな選択肢を持ってほしい」と話します。
皮革に魅せられ、本格的なレザークラフト体験ができるトマリエをオープンしたのは3年前。地元姫路の魅力を高めようと、地域でつくるまちづくり協議会の会長も務めます。
一方ひめじ基地は、第2回リノベーションスクールで意気投合したメンバーによるグループ。2022年5月から旧モノレール橋脚下を拠点に、子どもの創造力や主体性を活かしたイベントを不定期開催しています。
「まちの探検やいしころアートなど、楽しみながらこの地域を知ってもらえるような活動をやっています」と三木さん。
朝市では毎回子ども向けのワークショップをおこなっています。
顔を合わせたコミュニケーション
5月で6回目を迎えた朝市。
「看板がないことや周知の手段など課題もありますが、毎月継続することが大事だと思ってます」と土田さん。
取り組みを続けてきたからこその喜びもあります。
「恒例のふるまいごはんにアテを差し入れてくださるお店が増えました。今回はじめて差し入れをしてくださったお店もあって。朝市に意義を見出してもらえたのならうれしいですね」。
ひめじ基地の松岡さんは、「旧市の人も朝市に関わってくれている人も、みんな優しい。だから活動を続けることができてます」と話します。
人に会わずとも買い物ができる時代。それに加えてコロナ禍以降、対面でのやりとりがずいぶん減ってしまいました。だからこそ、顔を合わせたコミュニケーションにあたたかさや安心感を感じます。
朝市は、リノベーションスクールでめぐりあった駅西を愛する人たちの思いの集大成。これから回を重ねるごとに、地域の文化として浸透していくことでしょう。
次回開催は6月17日(土)。早起きして、ぜひ足を運んでみてくださいね。
(ライター ながら)
※本記事は2023年5月時点の情報です。価格は税込み表示です。商品内容や価格が変更となる場合があります。
旧市のきさき朝市
開催日時 | 毎月第3土曜日の9:00~11:00 |
場所 | 旧市エリア(姫路市忍町周辺) |
アクセス | 姫路駅から西へ徒歩5分 |
駐車場 | 近隣のコインパーキングをご利用ください |
SNS | https://www.instagram.com/kyuuichi_nokisaki.asaichi/ |
ながら いつこ
あんこをこよなく愛するフリーライター。生まれも育ちも兵庫です。魅力ある人や食をメインに取材・ライティングをおこなっています。お気に入りのおやつのようにじっくり味わいたくなる記事をお届けします。