2025年11月30日、小野市観光協会が主催する「第59回小野史を歩く会 東条川疏水が育んだ豊かな水辺を歩く秋のガイドツアー」が開催されました。今回は市内の歴史スポットの他、東条川疏水ネットワーク博物館が協力し工事中で普段立ち入ることのできない船木池をはじめ市内の疏水施設をガイドの解説付きで巡るツアーです。
めったに入れないところや今しか見られない光景など、全長11キロメートルを同行してきましたのでリポートします。
澄み渡った青い空にぽかぽか陽気。まさに小春日和の言葉がぴったりの2025年11月30日に「第59回小野史を歩く会」が開催されました。
小野市観光協会が30年以上前から主催する無料のイベントで、毎年11月に行われています(過去には年2回開催していた時期あり)。東条川疏水ネットワーク博物館の協力のもと、今回は地元食材で作ったおにぎり弁当まで付いていました。
「東条川疏水が育んだ豊かな水辺を歩く」と銘打った今回のコースは、地域の歴史スポットだけではなく、東条川疏水ネットワーク博物館の協力もあり小野市内にある疏水施設を巡る企画。特に耐震工事中の船木池の見学では、水を全て抜いた貯水池を見ることができる貴重な体験となりました。
定員60名で募集をしたところ、小野市内だけではなく神戸や明石、加古川、姫路から申込があり早々に満席。あいにくインフルエンザの流行等もあり、当日の参加者は40名ほどになってしまいましたが、それでも2班に分けなければならない盛況ぶりでした。
集合場所は、コミュニティセンター下東条の臨時駐車場。コミュニティセンター下東条は、市民活動の拠点であり市民研修センターや体育館がある施設です。おにぎり弁当を用意してくださったコミュニティレストラン「誉田(よでん)の館いろどり」もあります。
8時前から始まった受付に、次々と参加者が訪れます。
受付で、資料とおにぎり弁当をいただきました。弁当はコース上の休憩場所で食べることができます。
受付では「小野史を歩く会」探訪証明書の所持を聞かれ、持っていない人には新たに配布。スタンプ欄は5つあり、全て埋まると記念品がもらえます。さすが59回続く会です。
8時30分には、全員集合して注意事項の説明等を受け、スタッフの誘導のもと出発です。
ここからは、立ち寄ったスポットを順に紹介します。
はじめに訪れたのは誉田(よでん)橋。昭和5(1930)年に建築され、小野市内でも有数の歴史をもつコンクリート橋です。
歴史スポットの解説は小野市立好古館副館長の粕谷さん。東条川疏水スポット以外を担当されます。
小野市を通る基幹道路(県道)として街の発展に貢献してきましたが、残念ながら劣化がすすんでおり、架替に向けた撤去工事中です。
地域の人にとっては何度も渡った思い出深い橋のようです。
東条川疏水関連施設は、東条川疏水ネットワーク博物館会議のメンバーが、施設毎に立ち解説してくれます。
六ヶ井円筒分水(ろっかいえんとうぶんすい)は、外径14.7m、内径4.0mの円形をした施設です。東条川疏水を代表する施設で、主に農業用の用水を6つの地域に公平に分配しています。
仕組みは、逆サイフォンの原理を使って中心部から水を湧き出させ、外周部にこぼれでた水が一定の割合になるよう仕切り、流しています。
農業集落にとって水の配分は、渇水時にはけが人がでるほど揉める原因になる重大事。特に東条川疏水ができる前は、常に水不足に悩まされてきた地域だけに水問題は深刻です。それらを解決する先人の知恵に、参加者たちも「驚きました」と感心されていました。
地域の子供たちはドーナツ池とも呼び親しまれているようです。
円筒分水のとなり(写真右)は、円筒分水の中央に水を送る際のごみを除去する設備です。設備につながる水路の引き込み口が次に向かうスポットとなります。
鴨川ダム(東条湖)に蓄えられた水は、東条川を経由し六ヶ井円筒分水を経て、小野市や加東市の各所へと分配されています。この六ヶ井円筒分水へと水を送る入口が東条川にあり、六ヶ井堰(ろっかいせき)もしくは六ヶ井頭首工(ろっかいとうしゅこう)といいます。
昭和40(1965)年の大雨では東条川で災害が発生。その時に壊れた6つの井堰を統合して造られました。
堰によって水量を調整する仕組みで、農繁期は水量を多くし、農閑期であっても防火用水などのために一定量の水を流しています。
自然に配慮し、魚の遡上など堰を越えて行き来できるように魚道(対岸側)が設けていることなどの説明がありました。
この後、菅田町公民館で休憩。今回のコースは、休憩時間を長くとってありました。
トイレ休憩はもちろん、おにぎり弁当をいただく人も。筆者もそのひとりで、昼ごはんにはかなり早い時間(10時頃)でしたが、おいしくてあっという間に平らげてしまいました。
次に向かったのは、阿弥陀如来像が安置されていることから阿弥陀堂と呼ばれているお堂へ。ここは、かつて存在していたと伝わる東光寺跡とされ、付近には「東光寺」と記された石塔が残されています。
謎の多い、はっきりとしたことがわからないお堂ですが、この地域に伝わる話や年末年始の行事、お供えについてなど、興味深い話が聞けました。
歩いている最中にも、小さいながらも立派なお堂がいくつもあり、小野の歴史は奥深そうです。
次に向かうのは、船木池。山道で距離もあるため、船木公民館で小休止してから出発です。
確かに探検気分にもなれる道でワクワクしてきます。 さらに進めば立入り禁止の看板。特別に入れるレア感がたまりません。
船木池とは、鴨川ダム(東条湖)の貯水量を補うため昭和34(1959)年に造成された、ため池です。
建設当時では、近代的機械工法が用いられ、先駆的な施工方法の試みと技術開発が行われたことから、アースフィルダム(土を主材料にして盛って築いたダム)建設のモデルとしてダムマニアたちに知られている場所です。
現在は堤体の耐震工事中で、近づくことさえできないところを、特別に見学させてもらいました。
実際に堤体の上に来ると、工事のために水が抜かれた貯水池がありました。水を完全に抜くには、1カ月以上の時間が必要だったそうです。
振り返れば、小野の農地や市街地が小さく見えます。
堤体の上では、工事を発注している近畿農政局の事業所の方や施工業者の方から船木池や工事について説明をしてくれました。
工事の目的は主に耐震工事で、堤体や取水塔の補強が行われます。現在は、工事現場を洪水から守り、工事中でも一定量の水を貯水できるように仮の堤防を築くための地盤改良工事に取りかかっているところ。
見学は堤体だけではなく、取水塔も見られるということで向かいます。
取水塔とは、貯水池から水を取り入れるための機能を持った塔状の設備です。
水が無いので、完全に見えている状態。耐震化工事の対象なので、今しか見られないとても貴重な姿です。
管理橋は細いうえ、水が無いため高さを感じ、なかなかのスリル。参加者からも「怖い!」の言葉が次々とあがります。
取水塔内には、取水ゲートの開閉を行うハンドルなど、ちょっとわくわくさせてくれます。
僅かな時間でしたが、とてもいい経験ができました。
水を抜いた貯水池の見学。なかなかできない経験に参加者からも「ええ経験できました」「来て良かった」の声ばかりが聞こえてきました。
船木池の最後には、ドローンを使って記念撮影を行いました。
船木公民館に戻り再度休憩の後、最後のスポット妙見塚古墳に到着。ここは、小野市内では珍しい前方後円墳です。 この地域には、100基以上の古墳が存在していましたが、農地開墾のため大部分が消滅し、主墳の妙見塚古墳と数基の円墳のみが残っています。
その妙見塚古墳も形状を肉眼で捉えるのは難しく、案内の道標と資料のみ。いつ、誰が造ったのかは謎のままです。
粕谷副館長による、歴史書に刻まれた断片をつなぎ合わせながらの解説は、歴史ロマンを感じさせてくれます。
小野市の歴史や遺跡について気になる人は、小野市立好古館を訪れてみてください。
妙見塚古墳から出発地点はすぐそこの距離。今回の歩く会の終了です。
参加者に感想を聞くと「暮らしている地域のことながら、知らない事ばかりでした」とか「久しぶりで懐かしかった」「初めて小野に来たけど想像以上におもしろかった」など、みな満足されている様子でした。
考え抜かれて敷設された東条川疏水の凄さを地元の人たちも改めて実感できるイベントになったようです。
実際、地域の人たちがほとんどの歩く会でしたが、行く先々での思い出話。例えば東条川で泳いだ話や船木池に張った氷の上を歩いた話など、今ではできない事など、歩きながら聴くことができ、楽しい1日でした。
地元の人とふれあう「こういう楽しみ方もいいな」としみじみと感じました。
同様の内容のイベントが開催されるかは未定ですが(第60回小野史を歩く会は2026年11月に開催されます)、東条川疏水の魅力を伝えるイベント等については東条川疏水ネットワーク博物館の公式サイトを、小野市のイベントについては小野市観光協会のページでご確認ください。
ローカルプライムでもさまざまな楽しいイベントを紹介しています。
※この記事の情報は2025年11月30日の情報です。