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神河町にある『仙霊茶』の茶畑まで、路線バスでのんびり旅
出会いは、神戸の1軒のパティスリーのメレンゲ菓子でした。
『仙霊茶(せんれいちゃ)』その名前を聞いたときに、海の向こうの国のお茶? それともいにしえにあった幻のお茶? 恥ずかしながらそんなふうなぼんやりとしたイメージ、というのが、私が最初に仙霊茶を耳にしたときの印象でした。
この仙霊茶を口にしたのは数年前、神戸市垂水区にある『パティスリーアグリコール』のお菓子でした、お茶ではなくてお菓子、と言うところが私らしい!?
『アグリコール』の奥田義勝シェフが仙霊茶のほうじ茶を使ったメレンゲを作られていて、それを食べたのが最初です。メレンゲのシュワっと弾けるような口どけのあと、口の中に広がる爽やかな香りが印象的。ほうじ茶というと香ばしさのあるイメージだったのですが、そのメレンゲは香ばしいというよりも清々しい! お茶の軽やかな味わいに小さなメレンゲの中で出会った時、「仙霊茶って、どんなお茶?」「どこで作られているお茶?」「どんな人が作っているの?」と「?」がいっぱいに。そして「飲んでみたい!」と思ったのでした。そして、今回ご縁をいただき「仙霊茶園」へ。兵庫県神河町(かみかわちょう)という町の茶園を訪ねました。
田園風景を眺めながら、のんびりバス旅15分
JR姫路駅から播但線に乗り換えて、新野(にいの)駅で下車、それから神姫バスに乗り、のどかな街道を北上すること約15分。バスが走る道は、「銀の馬車道」と呼ばれる道。兵庫県の姫路・飾磨(しかま)港から生野銀山へ南北一直線に貫く道のことです。さらに奥には「鉱石の道」と呼ばれる、明延(あけのべ)鉱山へと続く道もあり、金、銀、銅の鉱石を運ぶルートとして多くの人々や馬車が盛んに行き交っていたのだそう。『仙霊茶園』は、その道の途中、野上(のがみ)というバス停で降りて、歩いて数分のところにあります。
実は、もっともっと曲がりくねった山道を登った奥深い場所にあるのかなと思ったのですが、意外にもバス停から徒歩5分足らず!?
わりに気軽に到着して、やや拍子抜けの感もあったのですが、到着して目の前に広がるその茶畑の景観に思わず「うわあ!」と声をあげました。
想像をはるかに超える広さを前にただただ感動するばかり。どこからが山で、どこまでが茶園なのか……その境界線も分からない大自然と一体化している茶園は、雰囲気がとてもおおらか!
そして『仙霊茶園』のオーナーである野村俊介さんが、穏やかに出迎えてくれました。
「300年の銘茶の歴史が終わる」その前に
土地の面積のおよそ8割が山林、西側には砥峰(とのみね)高原と峰山高原が広がり、東側に清流・越知川(おちがわ)が流れ、町なかでは5つの名水が湧く神河町。町名からして清々しく神々しい、神聖な空気で満ちていそうなこの町で、300年も昔からお茶が作られていました。
その茶園で栽培されたお茶の味は当時から評判良く、享保10年(1725)、尼寺として有名な京都・西陣の宝鏡寺(ほうきょうじ)から「仙霊」という銘を授かったのだそう。
しかし近年、この歴史ある茶園が生産者さんの高齢化や後継者不足などの理由で閉園されようとしていました。歴史あるお茶を絶やさないため、そして町の活性化のためにも誰か若手で引き継いでくれる人がいれば……。町の人々が悩み、諦めかけていた時に、手を挙げたのが野村俊介さんでした。
「この茶園に連れて来てもらって、茶畑の景色を見たとき感動して……」「任せてもらえるのであれば挑戦してみたい、と思ったんですよね」
自然栽培のお茶を、澄んだ空気の中で存分に!
2018年春から茶園を引き継いだ野村さんは、農薬を使わず、肥料も与えない自然栽培のお茶づくりに挑んでいます。「きっと300年前からそういう育て方をしてきたんだと思うんです。私が受け継いだ茶園も、そんなふうにお茶を育てていきたいなと……」
爽やかな風が吹き抜け、そばには市川(いちかわ)の支流が流れる。この町の空気と水、そして土壌が茶畑を育ててくれる。野村さんはその茶葉に目をかけ、摘み、加工してお茶に仕立てています。「季節、時間、場所といった、自然の変化によって変わるお茶の味わいを引き出したい」と。
「自然栽培でお茶もよく育ってくれるのですが、雑草もすごくて」と野村さん。最近は午前中の草抜きが日課で、とてつもなく広い茶畑を、今日はこのエリア、明日はあちら……と茶葉の育ち具合を確認しながら、草抜きをし、茶葉を摘む。そして取材日は夕刻から紅茶のための茶葉を摘む予定だと話してくれました。
人の腰よりも少し上くらい、同じ高さに統一された茶の木が並ぶ山の斜面の景色は本当に見事。暑い盛りのその風景は、空の青も茶畑の緑も濃く、壮観です。
オーダーをしたらポットやカップ、茶葉がセットになったバスケットを手渡され、好きな場所でお茶の時間を過ごせます。
桜の木陰のテーブル席やベンチだけでなく、茶畑の中にもテーブルがセッティング。小川のほとりで過ごす人もいるそうで、ここならではのお茶時間が叶います。
肥料や農薬を使っていないお茶は、雑味がなくスッキリとした味わいが印象的でした。その仙霊茶を、『HIYORI BROT』のパンや『Rikekori』の焼き菓子と一緒に味わえるなんて、とても贅沢なひとときです。
「今、畑の一角のお茶の木を剪定しないで育ててみているんです」と野村さん。茶摘みをしやすい高さに切り揃えたお茶の木しか知らなかったから、2メートルくらいに成長したお茶の木畑が新鮮でした。
「お茶の木の林というか森というか……、このあたりももう少し整えて、訪れる方たちが自由にお茶の木の下を散策してくれるような場所にしたいです」
お茶が畑ではなく、森になる!? 健やかに伸びる枝に芽吹く茶葉から淹れたお茶は、どんな味でしょうか? 楽しみです。
煎茶、ほうじ茶、フレーバーティーをお家でも気軽に味わいたい
仙霊の煎茶は力強さも備わっていて、一度だけでなく数回抽出してもおいしくいただけるそう。パッケージに収穫した日も記載してあるので、飲み比べてみるのも楽しそうです。
そのほか、茶園に自生する香木をブレンドしたほうじ茶。近隣のいちご農家さんが育てたいちごを使ったフレーバーティー(紅茶)など、ティーバッグの個包装(2個入り)もあるので、友達へのお土産にもおすすめ。自宅でのお茶時間も豊かになりそう。
風が吹き抜ける茶畑を後に 再訪の日を楽しみに…
最後に、気になっていた『仙霊茶』の由来を伺いました。
「中国の唐代中期に活躍した詩人・盧仝(ろどう)が詠んだ『七碗茶歌』という詩をご存じですか? お茶好きの人物だったそうなのですが、この盧仝さんが、ある時皇帝に献上されるものと同じ極上の新茶を知人から贈られたときに詠んだと言われています」野村さんはさらに続けます。「一杯目、二杯目とお茶を飲み進めるごとに気分が高揚していき、七杯目にはついに心が無となってもう飲まずとも身体の脇に清らかな風が吹くのを感じるという詩の、六杯目に『仙霊に通ず』という一文があり、そこから名前をもらったと言われています」
清風の吹き抜ける神河町にふさわしい名前。仙霊茶を飲むと、清々しい風が吹き抜けるような気がします。あまりにも心地よい茶園での時間に、時が経つのも忘れそう。ただ、バスの本数がそんなにないので、時刻表チェックはお忘れなく。茶園の空気とお茶の味の余韻に浸りながら、再訪を心に決め、帰りのバスを待つひとときまでしあわせな一日でした。
仙霊茶
住所 兵庫県神崎郡神河町吉冨1873(茶園)
電話番号 050-3138-4284
開園時間、休園日は要お問い合わせ
茶園利用料 お一人様500円(神河町民、高校生以下、茶園オーナー様は無料)
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メッセージ
バスの車窓の景色が、空の青と森や山の緑だけ!って言うと大げさでしょうか(笑)。そして、自然栽培のお茶畑を吹き抜ける風の心地いいこと! 身体じゅうの酸素が入れ替わっていくような体感でした。手つかずの自然の中で育てられた仙霊茶は、野趣溢れる味わいだろうと思っていましたが……繊細でやさしい味わいに驚きました!