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ストーリー

蘇民将来の物語

古き日本の道行く者たちの話。貧しい兄・蘇民将来と富める弟・巨旦将来。二つの家を訪れた神が示した、心の豊かさと物質の真実。

旅人の訪れ

遠い北の海にいた武塔の神は、南の海に住む高い身分の神の娘と結婚することを求めて、はるか異国を経由して旅に出た。天の道を行く足取りは軽く、心は希望に満たされていた。その身は旅の途上にあり、一人の旅人の姿をもって諸国を巡っていたが、何かの理由によるものか、その正体は隠されたままであった。

山村の片隅にたどり着いた時、日はすでに暮れようとしており、宿を求める思いから逃れることはできなかった。武塔の神は行き交う道に沿って二つの家を見つけた。

兄である蘇民将来の家は小ぶりで、その人の身の丈に見合わないほどの貧しさを示していた。屋根は茅で葺かれ、壁には隙間風の入る隙間があり、畑地も僅かで、蔵もなく、家財といえば粗末な生活用具のみだった。だが家の前には灯火がかすかに灯り、夕食の支度をする音が聞こえてきた。

弟である巨旦将来の家は打って変わって豪華だった。屋倉百も数え上げることができるほどに、その富は一目瞭然だった。立派な門には装飾が施され、塀は高く築かれ、多くの召使いが行き交っていたが、その顔つきには何やら傲慢さが満ちていた。

貧しい兄のもとへ赴いた武塔の神は、一夜の宿を借りることを願い出た。蘇民将来は自らの貧しさを恥ずることなく、むしろその貧しさゆえに、来訪者をもてなすことは自分の勤めだと思い至り、ためらいなく扉を開いた。

「恐れ入ります。我が家は見ての通り貧しく、豪華なもてなしもかないませんが、あるだけのもので心よくおもてなし申し上げます」と、蘇民は深く頭を垂れた。

武塔の神はその言葉に感じ入り、蘇民の家へと導かれた。蘇民将来はただちに粗末ながらも全力を尽くして旅人をもてなし始めた。粟の茎を集めてこれを座とし、粟飯を炊いてもてなし、そのほか家にあるもののすべてを尽くして、旅人の心身を癒やそうと懸命に務めた。夜通し、蘇民は旅人のために火を絶やさず、時には衣も提供し、翌朝には舟さえも用意してくれたという。

一方、富める弟の巨旦将来の家には、同じ武塔の神が訪れて宿を借りることを願い出た。だが巨旦将来は、その粗末な姿をみくびり、「我が家は客人の宿泊に応ずる準備などない」と嘘をついて、これを突き放してしまった。

時の経過と再会

月日は流れ、年は幾つも重ねられた。蘇民将来は変わらず貧しい生活を営み、その妻と娘とともに、日々の糧を得ようとして働き続けた。弟の巨旦将来は依然として富を積み重ね、その傲慢さもまた増すばかりだった。

ある日のこと、その時から幾年も経った年の春のこと、武塔の神は再びこの地を訪れた。だが今度は一人ではなく、八人の子どもたちを引き連れ、堂々たる威容をもってその家並びに現れた。

武塔の神は先の日の蘇民将来の家に向かって行った。蘇民は年を経ての訪問者を前にして、一瞬の戸惑いを見せたが、やがて悟るところがあった。あの旅人こそは、この地を過ぎ去った日に自分をもてなしてくれた神人ではないかと。

武塔の神は蘇民将来に問いかけた。「我は先の日に汝のもてなしを受けた者である。汝に子孫や、生き残った者がいるか」と。

蘇民将来は恐れつつも答えた。「己が妻と娘とがおります」と。

武塔の神はここに微笑み、蘇民の家族へ茅の輪を作らせた。茅を束ねて大きな輪とし、それを蘇民の妻と娘の腰に着けさせた。

「汝らは、この茅の輪を腰に着けておくがよい。これより先、大いなる試練が訪れる。だが、この輪を身に着けた者たちは、その試練から免れることができる」と言い渡した。

試練と裁き

その夜のこと。武塔の神は八人の子どもたちとともに、この地全体を覆って、疫病の霧を放った。病の瘴気は、この地を覆い尽くし、生きとし生けるもの皆に対して平等に降り注いだ。

蘇民将来の家では、妻と娘が茅の輪の威力を受けて、疫病から護られた。一方、富める弟の巨旦将来の家並びに、その一族や僕たちは、次々と疫病に冒されて倒れ伏し、ついにはすべてが死に絶えた。先の日に客人を無下に断り、傲慢な態度を示した報いか、この一族は、その名前さえも時の流れの中に消え去った。

約束と祝福

疫病の試練が去り去った後、武塔の神は再び蘇民将来の前に現れた。その時、神は自らの正体を明かした。

「我は速須佐雄能神(スサノオノミコト)である。汝のもてなしを忘れることはできない。今から後の世において、疫気あれば、汝、蘇民将来の子孫なりと言い、茅の輪を腰に着けた人は、その疫病から免れることができる。これは我が約束である。この約束は、世の終わりまで変わることはない」と。

神はさらに言葉を続けた。「汝の善行、汝の心からなるもてなしは、いかなる富よりも尊いものである。貧しいからといって何だろうか。心の豊かさこそが、神の目には価値があるのだ。汝の子孫は、この約束により護られ、福を招くことができる」と。

武塔の神は蘇民に許しを与え、蘇民の子孫はこの日より守護されることとなった。その神は八人の子どもたちを率いて立ち去った。その姿は光に包まれ、やがて天へと昇って消え去った。

伝承の広がり

このような出来事は備後国に留まらず、やがて全国へと伝わった。蘇民将来の名は、疫病を除く守護神として崇められ、「蘇民将来子孫」と記した符は、日本各地の神社において授与されるようになった。

夏越の祭りにおいては、茅の輪くぐりの神事が行われ、今なお人々は武塔の神(スサノオノミコト)の約束を思って、この輪をくぐる。左周りから始まって、右周りとなし、再び左周りで、三度この輪をくぐり抜けた後、拝殿へと進むのだ。

「祓え給い、清め給え、守り給い、幸え給え」と唱えながら、その身心を清め、災厄を払い、福を招こうとする。この言葉、このしぐさの背後には、その蘇民将来と武塔の神の物語があり、善行の報いを求めず、心からのもてなしを尽くした者への、永遠なる神の祝福が込められているのだ。

陰陽道での位置づけ

後世、陰陽道の発展に伴って、蘇民将来は天徳神と同一視されるようになった。一方、弟の巨旦将来は、金神という凶の神として解釈されるようになった。これは、善悪の対比をさらに明確にしようとする者たちの思慮によるものだ。

陰陽師たちの間では、蘇民将来の伝説に基づいた禁忌や儀礼が次々と作られ、方除けの秘法となった。住居の門口に「蘇民将来子孫」と書いた札を貼る者も現れ、これが一般民衆の間にも広がって、現在に至るまで継続されているのだ。

物語の真実

このような物語は、鎌倉時代の卜部兼方が『釈日本紀』に引用したことにより、後の世までその名が伝わった。

この物語の本質は明らかだ。それは、貧しいからといって心貧しいわけではなく、富んでいるからといって心豊かなわけではない、という深い教えなのだ。心からのもてなし、他者への思いやり、そして誠実さこそが、いかなる物質的な豊かさにも勝って、神さえも感動させることができるのだ、ということなのだ。

こうして、この蘇民将来の物語は、単なる古き伝説ではなく、時を超えて、今なお人々の心に問いかけ続ける永遠の説話として、日本の文化と信仰の中に息づき続けているのだ。

アクセス情報

所在地

〒670-0891 兵庫県姫路市広嶺山52

電車でお越しの方

※JR・山電「姫路駅」から神姫バスで競馬場前まで約20分
※競馬場バス停近くのタクシー会社からタクシーで約10分

お車でお越しの方

※播但連絡有料道路「花田IC」から駐車場まで約30分
※姫路バイパス「姫路南ランプ」から駐車場まで約35分
※JR・山電「姫路駅」から駐車場まで約27分
※鳥居前駐車場から境内まで約10分

参拝時間:9:00~17:00(年中無休)
参拝所要時間:1.5~2時間(ゆっくり拝観する場合)

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