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1971年創業の和菓子店「橘屋」
昔むかし、不老長寿の果実「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」と呼ばれた橘(たちばな)。日本のお菓子の起源といわれています。その橘の名を屋号に冠した「橘屋」は、姫路で50年続く和菓子店。JR姫新線播磨高岡駅から徒歩10分、十二所線沿いのビル内に店を構えます。
難波さんはその道36年の和菓子職人。お父さんが創業した同店を受け継ぎ、先代の味を進化させながら新たな商品の開発に取り組んでいます。「和菓子は素材が7、技術が3。いいものを使わないといい菓子はできない」と話す難波さん。厳選した材料を使い、それに負けない良い腕でお菓子をこしらえます。
伝統的な和菓子から和洋の垣根を越えた創作和菓子まで、さまざまな商品が並ぶ店内。「どれを買おうかな」と胸が高鳴ります。取材中も家族連れのお客さんや手土産を買う人が訪れ、「いろいろあって目移りしそうやねぇ」という楽しげな声が聞こえてきました。
それでは、橘屋のお菓子をめぐる小旅行にお連れしましょう。
職人技が光る小さな季節のたより
四季折々の風物にちなんだ意匠や菓銘をもつ上生菓子は、小さな季節のたより。
橘屋では常時約8種類の上生菓子を提供しています。取材の日は、暖かな春を感じさせるお菓子が並んでいました。
桜の花をそのままお菓子にした『爛漫(らんまん)』は、こしあんを包んだ練り切り。同じく練り切り製の『水温(ぬる)む』は、和らぎはじめた春の水面が繊細に表現されています。野に芽吹くツクシを描いた『土筆(つくし)』は、求肥に卵白を加えて練った雪平(せっぺい)という生地で白あんを包み、ふわっととけるような口あたり。
見た目の美しさ、上品な味わい、菓銘の響き。すべてに職人の技が光ります。
「包むお菓子は海外でもあるけど、包んで細工を施すのは日本ならでは」と話す難波さん。2015年にイタリアで開催されたミラノ国際博覧会で和菓子づくりを披露し、来場者に振る舞いました。観光資源や特産品を紹介する姫路市の呼びかけに応じ渡航したそうで、「いい経験になった」と振り返ります。
春色のお菓子を召し上がれ
姫路城の桜も咲きはじめましたね。お花見のおともに和菓子はいかがでしょうか。
みんな大好き『いちご大福』は、白あんと粒あんの2種類。わたしが主役と言わんばかりに、大福の上で大粒のあまおうがきらめきます。北海道産大納言小豆を使った粒あんは、やわらかな大福生地と小豆のふくよかな風味、ジューシーないちごが口の中で一体に。さっぱりとした甘さの白あんは、いちごの甘酸っぱさを引き立てます。
春の香りを堪能するなら、モチモチ生地で桜あんをサンドした『姫路城春みかさ』をどうぞ。表面に添えられた桜の花がいっそう春らしさを演出します。
春のお菓子が出番を終えると、次はかしわ餅、そしてくず餅……と、夏へと向かい衣替え。
姫路ならでは 地域に根ざしたお菓子
地域らしさを生かしたお菓子にも注目してみましょう。
『ええまん』は、「播州弁のおもしろさをお菓子で伝えたい」という願いをこめてつくられました。播州弁で「ほどよい時」を意味する「ええま(間)ん」と「いいまんじゅう」をかけたネーミングにあたたかみを感じます。
しっとりとした皮の中には、生クリームとバターたっぷりの白あんが。隠し味に入れた神河町産の柚子がさわやかに香ります。試行錯誤を重ねて実現したという口どけのよさが幅広い年齢層に好評なのだとか。「せんどぶり」「べっちょない」などの播州弁がプリントされたパッケージも味わい深いですね。
姫路城の型を押した焦がし皮に、希少価値の高い北海道産白小豆の粒あんをはさんでいただく『姫路お城もなか』は、姫路土産にぴったり。皮とあんが別包装なので、もなかのパリッとした食感が楽しめます。白小豆は「白いダイヤモンド」と呼ばれ、その輝きはさながら白亜の姫路城。香ばしい皮とみずみずしいあんが口の中で調和します。
みずみずしいといえば、姫路市四郷町で採れる完熟いちじくのジャムを使ったこんなお菓子も。『姫路いちじくのチーズケーキ』は、いちじくの甘みとクリームチーズのコクがマッチ。たまごは夢前町産の「夢美人」を使用しています。ジャムを練り込んだ『いちじく羊羹』はつるんとした食感で、まるでゼリーのよう。
ジャムに加工するのは時間がかかりますが、「地場産のよいものを提供したいから」と労を惜しみません。
買ってうれしいもらってうれしい ライターのイチオシおやつ
お待ちかねの筆者イチオシは、『みたらしだんご』。ぽってりしただんごに、つやつやのタレがとろり。このビジュアルだけでよだれが出そうになりませんか?
パクッと口に入れると、むっちりはずむような歯ごたえのだんごにあまじょっぱいタレがからみあい、もう1本と手が伸びるおいしさ。よだれの次は、あやうくほっぺが落ちそうになります。
それもそのはず。タレは2種類の醤油を混ぜ葛でとろみをつけ、だんごは「ぜんぶ手作業で、生地を一玉ずつちぎっては串に通していく」という手間のかけよう。
「お土産にもらっておいしかったから」と買い求めるお客さんも多いのだとか。午前中に売り切れることもあるので、早い時間に買いに行くのがベストです。
もうひとつ、あんこ好きの筆者がおすすめしたいのが、丹波の黒豆を使った『黒豆大福』。やわらかくこしのある餅生地の中に、北海道産大納言小豆の粒あんと黒豆の蜜煮がぎっしりつまっています。ほくっとした豆の食感と粒あんのほどよい甘さが相性よく、口いっぱいに頬張って味わいたい大福です。
ぜひ一度食べてみてくださいね。
“あたりまえ”の積み重ねがおいしいお菓子をつくる
お菓子をめぐる小旅行、最終目的地は難波さんの工房です。この日難波さんがつくっていたのは、お茶席用の上用まんじゅう。
手先に注がれた視線は真剣そのもの。一時も止まることなく体でリズムをとりながらあんを包んでいきます。その手さばきに見とれていると、「毎日あたりまえにやってることやで」と難波さん。
もともとは土木関係の仕事をしていましたが、30歳でこの世界に入り、お父さんとともに橘屋を盛り上げてきました。「コンクリートの配合があんこの配合に変わったんや」と笑います。
季節感を外さない、生地を最適なやわらかさに仕上げる、お菓子によってあんを炊き分ける、一つひとつ手でつくる……。難波さんはそれを「あたりまえ」と言いますが、あたりまえのことを毎日手を抜かずに続けることこそ難しく、その積み重ねがおいしいお菓子を生み出すのでしょう。
「この仕事をしていてよかったかどうかは、死ぬときにわかるやろ」と話す難波さん。その表情はとても誇らしげです。
難波さんがつくるお菓子が、今日も誰かを笑顔にしていることでしょう。みたらしだんごを頬張りながらこの記事を書いている筆者も、もれなくそのうちのひとり。
(ライター ながら)
※本記事は2023年3月時点の情報です。価格は税込み表示です。商品内容や価格が変更となる場合があります。
御菓子司 橘屋
所在地 | 姫路市東今宿3丁目5-23 坪田ビル1F |
電話番号 | 079-292-7668 |
営業時間 | 9:00~19:00 |
定休日 | 水曜日 |
アクセス | JR姫新線播磨高岡駅より徒歩約10分 神姫バス『西庄北口』バス停 下車 徒歩1分 |
駐車場 | あり |
ながら いつこ
あんこをこよなく愛するフリーライター。生まれも育ちも兵庫です。魅力ある人や食をメインに取材・ライティングをおこなっています。お気に入りのおやつのようにじっくり味わいたくなる記事をお届けします。