最後に急須でお茶を淹れたのは、いつだったでしょうか。
ペットボトルのお茶が当たり前になった今、日本茶は私たちの暮らしから少しずつ遠い存在になっています。
しかし、一杯のお茶には、産地や品種、淹れ方によって驚くほど表情が変わる奥深さと、日本人が長い時間をかけて育んできた文化が息づいています。
姫路市・忍町にある『白鷺茶房』は、お茶を販売するだけではなく、その文化や楽しみ方を伝える場所です。
今回、Localprime編集部は店主・赤松佳幸さんを訪ね、日本茶の魅力と、その先にある「文化」についてお話を伺いました。
店の扉を開けると、最初に迎えてくれたのは、茶葉のやさしい香りでした。
店内には急須や茶器が並び、木の温もりを感じる落ち着いた空間が広がっています。街なかにありながら、不思議と時間の流れがゆっくり感じられる場所です。
「今日はよろしくお願いします。」
そう声を掛けると、赤松さんは穏やかな笑顔で迎えてくださいました。
席に着くと、何気ない会話を交わしながら、お湯を沸かし、急須に茶葉を入れます。
静かな店内に、お湯を注ぐ音だけが響きます。
急須から立ちのぼる湯気。
ふわりと漂う爽やかな香り。
「まずは香りを楽しんでみてください。」
その一言から、この日の取材は始まりました。
湯呑みに注がれた煎茶を口に含むと、驚くほどやわらかな甘みが広がります。
普段、自宅で飲んでいる緑茶とはまったく違う印象でした。
思わず、
「こんなに甘いんですね。」
と伝えると、赤松さんは笑いながら答えます。
「同じ茶葉でも、お湯の温度で全然変わるんですよ。」
その後、少し温度を変えてもう一杯淹れてくださいました。
今度は香りがより際立ち、ほどよい渋みが加わります。
同じ茶葉とは思えないほど味わいが変わることに、編集部一同驚きを隠せませんでした。
正直に言えば、編集部にも「日本茶は少し難しそう」というイメージがありました。
しかし、その先入観は最初の一杯で覆されます。
お茶をいただきながら話をしていると、赤松さんからこんな質問がありました。
「普段、急須って使われますか?」
少し考えて、
「正直、ほとんど使っていません。」
と答えると、
赤松さんは少し笑って、
「そうですよね(笑)。
最近はそういう方、本当に多いんですよ。」
と話してくださいました。
ペットボトルのお茶が身近になり、急須を使う家庭は少しずつ減っています。
だからこそ、白鷺茶房では「急須で淹れる楽しさ」を知ってもらうことを大切にしているそうです。
「急須って難しい道具じゃないんです。少し温度を変えるだけで、お茶の表情が変わる。それを楽しんでもらえたら十分なんですよ。」
専門店というと、知識がないと入りづらい印象があります。
しかし白鷺茶房には、そのような堅苦しさはありません。
お茶に詳しくなくてもいい。
まずは飲んでみること。
違いを感じること。
「だからこそ、一杯だけでも急須で淹れてみてほしいんです。それだけで『日本茶ってこんな味だったんだ』って感じてもらえるので。」
そこから日本茶の世界へ入ってもらえたら嬉しい。
そんな赤松さんの想いが、お店全体から伝わってきました。
赤松さんの実家は、姫路で長く親しまれてきた『播磨屋茶舗』です。
「子どもの頃から、お茶は好きだったんですか。」
そう尋ねると、赤松さんは少し笑いながら
「家にあるのが当たり前だったので、特別なものだと思ったことはありませんでした。」
子どもの頃から、お茶は生活のすぐそばにありました。
家には茶葉が並び、お客様との会話があり、急須から湯気が立ちのぼる。
そんな日常の中で育ったそうです。
しかし、その頃は、お茶を特別な存在とは感じていなかったといいます。
転機となったのは、家業に携わるようになってからでした。
全国各地の茶産地を訪れ、生産者と直接話をする機会が増えていきます。
静岡。
京都。
鹿児島。
福岡。
同じ「煎茶」と呼ばれるお茶でも、土地が違えば香りが変わる。
品種が違えば味わいも変わる。
製法が違えば、まったく別のお茶になる。
その一つひとつに、生産者の想いや技術が詰まっていました。
「産地へ行くと、お茶って本当に農産物なんだと実感するんです。」
茶畑の景色。
土の香り。
摘み取りの時期。
製茶の工程。
そうした背景を知るほどに、「お茶」という存在の見え方が変わっていったそうです。
そして、ある想いが芽生えます。
「この面白さを、もっと多くの人に伝えたい。」
それが、現在の白鷺茶房へとつながる最初の一歩でした。
全国の茶産地を巡り、生産者と出会い、お茶づくりの現場を見続けるなかで、赤松さんの中に一つの想いが芽生えていきました。
それは、お茶の魅力を「伝える場所」をつくりたいということでした。
その理由を尋ねると、少し考えながらこう話してくださいました。
「白鷺茶房を始めようと思った、一番の理由は何だったんですか。」
そう尋ねると、赤松さんは少し考えながら、ゆっくりと言葉を選びました。
「一番大きかったのは、姫路にはお茶を学べる場所がなかったことですね。」
少し意外な答えでした。
「学べる場所、ですか?」
思わず聞き返すと、赤松さんは静かにうなずきます。
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「もちろん、お茶を売っているお店はあります。でも、急須で淹れてみたり、飲み比べたり、『こんな違いがあるんだ』って体験できる場所は少なかったんです。」
さらに話は続きます。
「イベントに出ると、『日本茶ってこんなに種類があるんですね』『こんなに味が違うんですね』って、本当に驚かれるんですよ。」
「つまり、興味がないわけではないんですね。」
そう編集部が返すと、赤松さんは笑いながら答えてくださいました。
「そうなんです。知らないだけなんですよ。」
イベントなどで日本茶を紹介すると、多くの人から同じような言葉を掛けられたそうです。
「こんなお茶があるなんて知らなかった。」
「急須で淹れると、こんなに味が違うんですね。」
「日本茶って面白いですね。」
その反応を見るたびに感じたのは、日本茶に興味がない人が多いのではなく、「知るきっかけ」が少ないということでした。
「飲んだら皆さん驚いてくださるんです。
だから、知られていないだけなんですよ。」
その言葉が、とても印象に残りました。
私たちも取材で実際に飲み比べを体験しましたが、同じ茶葉でも温度だけで味わいが変わることに驚きました。
知らなかったから飲まなかった。
難しいと思っていたから手に取らなかった。
そう考えると、日本茶が少し遠い存在になっている理由も見えてきます。
だからこそ赤松さんは、「売る」よりも「知ってもらう」ことを大切にしているのです。
白鷺茶房を訪れて感じたのは、「日本茶専門店」という言葉から想像するような緊張感がまったくないことでした。
お茶について詳しくなくてもいい。
作法を知らなくてもいい。
「なんとなく飲んでみたい。」
そんな気持ちで訪れるお客様も多いそうです。
「専門店だからこそ、難しく見えないようにしたいと思っています。」
赤松さんはそう話します。
だから、お客様との会話も、「知識を教える」のではなく、その人の好みを聞くことから始まります。
「例えば、苦いお茶がお好きですか。」
「香りを楽しみたいタイプですか。」
「普段はペットボトルが多いですか。」
赤松さんは、お客様との会話をそんな一言から始めるそうです。
一人ひとりとの会話の中から、その人に合ったお茶を提案していく。
その様子を見ていると、「接客」というより、「一緒に好みを探している」という表現の方が近いように感じました。
「日本茶に正解はないんですよ。」
その言葉どおり、高級なお茶だから美味しいとは限らず、その日の気分や食事によっても、飲みたいお茶は変わります。
だから、自分が「美味しい」と感じる一杯に出会うこと。
それが、日本茶を楽しむ第一歩なのかもしれません。
取材も終盤に差しかかった頃。
これまで、お茶のこと、生産地のこと、お店づくりのこと。
一時間以上にわたり、さまざまなお話を伺ってきました。
最後に、編集部から一つだけ質問をしました。
「赤松さんにとって、お茶とは何ですか。」
少しだけ間を置き、ゆっくりと言葉を選びながら返ってきた答えが、この日最も印象に残る一言でした。
「お茶とは、文化です。」
静かな口調でしたが、その一言には迷いがありませんでした。
「なるほど……。」
思わず、そう返していました。
この日いただいた一杯も、生産者の姿を知ったあとでは、最初に飲んだときとは違う味に感じられたからです。
さらに、その理由についても話してくださいました。
「例えば、お茶って、お客様を迎えるときに淹れたり、家族でほっと一息つく時間に飲んだりしますよね。」
「季節を感じたり、人をもてなしたり、人と人をつないだり。昔から暮らしの中にずっとあったものなんです。」
「だから、お茶だけを売りたいわけじゃないんです。その背景にある文化も、一緒に伝えたいんですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、白鷺茶房は「日本茶専門店」ではなく、「日本文化を伝える場所」なのだと、編集部はあらためて感じました。
その言葉を聞いて、私たちが最初にいただいた一杯を思い出しました。
あの香りも、甘みも、偶然生まれたものではありません。
茶畑で育てる人がいて、製茶をする人がいて、それを届ける人がいて、ようやく私たちの手元に届く。
その背景を知ることで、一杯のお茶は「飲み物」から「文化」へと変わるのです。
だから赤松さんは、お茶そのものだけではなく、その背景や物語まで伝え続けています。
その姿勢こそが、白鷺茶房という場所の一番の魅力なのだと感じました。
取材を終えて感じたのは、日本茶は本来、とても身近な存在だったということです。
しかし、暮らしの変化とともに急須を使う機会が減り、お茶をゆっくり味わう時間も少なくなりました。
だからこそ今、「お茶文化を伝える場所」が必要なのかもしれません。
白鷺茶房では、普段の営業だけでなく、日本茶をより深く知るきっかけとなる体験も開催しています。
Localprimeで販売している日本茶体験では、数種類のお茶を飲み比べながら、茶葉の特徴や淹れ方による味わいの違いを学ぶことができます。
体験と聞くと、「知識がないと難しそう」と感じる人もいるかもしれません。
しかし実際は、お茶の専門知識を覚える場ではありません。
「香りを感じてみる。」
「温度で味が変わることに驚く。」
「自分の好きなお茶を見つける。」
そんな小さな発見を楽しむ時間です。
赤松さんも、「まずは楽しんでもらうことが一番大切」と話します。
「難しく考えなくていいんです。
『このお茶、美味しいな』って思ってもらえたら、それが入口になります。」
取材中に何度も感じたのは、この言葉こそが赤松さんらしさだということでした。
お茶を教えるのではなく、お茶を好きになってもらう。
白鷺茶房で過ごす時間には、そんな優しさが流れています。
赤松さんが届けたいお茶との出会いは、白鷺茶房だけにとどまりません。
姫路駅前の観光拠点『MONZEN』でも、その想いに触れることができます。
MARKETには、白鷺茶房が厳選した日本茶や抹茶が並びます。
旅の思い出として持ち帰る人。
自宅でゆっくり味わうために選ぶ人。
家族や友人への贈り物として購入する人。
商品を手に取る理由は人それぞれですが、その一つひとつが、お茶文化と出会うきっかけになっています。
また、MONZENのFOOD STANDでは、白鷺茶房の抹茶を使用した抹茶ラテを提供しています。
注文を受けてから一杯ずつ丁寧に仕上げる抹茶ラテは、抹茶本来の香りとやさしい旨みを感じられる一杯です。
姫路城を歩いたあと。
電車を待つ少しの時間。
旅の途中でほっと一息つきたいとき。
そんな何気ない時間にも、日本茶は静かに寄り添ってくれます。
白鷺茶房で知ったお茶の魅力が、MONZENでも続いていく。
場所は違っても、「兵庫の文化を伝える」という想いは同じ方向を向いています。

取材の日、編集部は何杯ものお茶をごちそうになりました。
それぞれ香りが違い、甘みが違い、余韻も違う。
最初は「日本茶を取材する」という気持ちで訪れましたが、帰る頃には「また飲みに来たい」と思っていました。
きっと、それはお茶が美味しかったからだけではありません。
一杯のお茶の向こう側に、生産者の姿が見えたから。
季節が見えたから。
土地が見えたから。
そして何より、その文化を大切に守り、次の世代へ伝えようとする赤松さんの姿が見えたからです。
「お茶とは文化です。」
取材の最後に伺ったその言葉は、単なる印象的な一節ではありませんでした。
白鷺茶房という場所をつくった理由も、生産地へ足を運び続ける理由も、お客様一人ひとりと丁寧に向き合う理由も、すべてその言葉につながっていました。
日本茶は、特別な日にだけ味わうものではありません。
忙しい毎日のなかで、少し立ち止まり、湯気の向こうに広がる香りを楽しむ。
そんな何気ない時間の積み重ねこそ、日本人が長く育んできたお茶文化なのかもしれません。
姫路を訪れたら、ぜひ白鷺茶房の暖簾をくぐってみてください。
そして、赤松さんが淹れる一杯のお茶を味わってみてください。
その一杯はきっと、お茶の味だけでなく、日本という国の文化の奥深さまで、静かに教えてくれるはずです。
取材を終えて店を出る頃には、最初に漂っていた茶葉の香りが、どこか違って感じられました。
きっと変わったのは香りではありません。
お茶の背景を知り、その一杯に込められた物語を知った私たち自身の見え方が変わったのでしょう。
「お茶とは文化です。」
赤松さんのその言葉は、取材が終わったあとも、静かに心に残り続けています。
※2026年7月時点の情報です。