味噌や酒粕、麹といった発酵食品は、いまや健康や食文化の文脈で広く知られる存在です。しかし、その背景にある土地や歴史、人の営みにまで目を向ける機会は、意外と多くありません。兵庫県宍粟市で開催されるこのバスツアーは、発酵を「学ぶ」だけでなく、「その場で感じ、味わう」ことを目的とした体験型イベントです。発酵の起源が記された古代の記録に触れ、寒冷な盆地で続いてきた酒づくりの現場を訪ね、日々の暮らしに根付いた酒粕料理を味わう。一日を通して、播磨の風土が育んできた発酵文化の奥行きを体感できる内容となっています。観光としても学びとしても楽しめる、宍粟ならではの一日です。

発酵の起源から酒蔵までを巡る一日

ツアーの最初の訪問地は、宍粟市一宮町に鎮座する庭田神社です。ここは『播磨風土記』において、酒や醸しの起源が記されている場所として知られています。ガイドの案内を受けながら境内を歩くことで、発酵が技術として確立される以前、自然や祈りと深く結びついていた時代の価値観に触れることができます。続いて向かうのは、宍粟市山崎町。周囲を山に囲まれた盆地に位置し、冬には厳しい冷え込みを迎えるこの地域は、寒造りによる酒づくりに適した環境として発展してきました。大阪や姫路と比べても平均気温が低く、低温でじっくりと発酵を進めることが可能な土地です。
老松酒蔵は、こうした自然条件と向き合いながら、長年にわたり酒を醸し続けてきました。ツアーでは、酒蔵に併設された老松ダイニングを訪れ、酒づくりの現場で培われてきた発酵の知恵を、食を通して学びます。移動手段を含めて一日が構成されているため、初めて宍粟を訪れる人でも無理なく参加できる点も特徴です。

酒粕料理と女将の言葉から学ぶ発酵

老松ダイニングでは、酒粕や麹を使った発酵ランチが提供されます。酒粕は、米と麹、酵母が寒さの中で時間をかけて変化した、発酵の恵みが凝縮された食材です。ここでは特別な健康食品としてではなく、城下町の日常の食として受け継がれてきた使い方が紹介されます。食後には、このバスツアー限定のプログラムとして、女将による粕汁レシピのデモンストレーションが行われます。理論や効能の説明にとどまらず、実際に仕込み、味わい、続けてきた経験から語られる言葉は、発酵と暮らしの関係を身近なものとして感じさせてくれます。

発酵とは、微生物の働きによって食べものが変化し、人の体にとって消化・吸収しやすい形へと整えられていく過程です。その仕組みを、料理と対話を通じて理解することで、日々の食生活への取り入れ方にも具体的なイメージが広がります。体験後には併設ショップでの買い物時間も設けられており、学びを自宅へ持ち帰ることができます。